俳優、プロデューサー、監督など
マルチな活躍を見せるジョージ・クルーニー。
出世作やバットマン役から、
現在の妻や子供の情報まで
ジョージ・クルーニーの経歴を調べてみました。
ジョージ・クルーニーの経歴・プロフィール
芸能一家に生まれる
生年月日:1961年5月6日
年齢:62歳(2023年9月現在)
出生地:アメリカ合衆国・ケンタッキー州レキシントン
芸能関係者が多い一家に生まれたジョージ・クルーニー。
- 父:映画評論家兼ニュースキャスター
- 母:モデル
- 伯母:女優で歌手のローズマリー・クルーニー
- 義叔父:俳優のホセ・フェラー(アカデミー主演男優賞受賞者)
- 従兄弟:俳優のミゲル・フェラー
ミゲル・フェラーは
「NCIS:LA 〜極秘潜入捜査班」「ツインピークス」など、
多くの海外ドラマに出演しています。
ジョージの家は厳格なローマ・カトリックで、
- 聖ミカエル学校(コロンバス)
- 聖スザンナ学校(メイソン)
に通っていました。
ニュースキャスターの父は、
仕事が忙しく引っ越しも多かったといいます。
しかし家族との時間を大事にする両親のもと、
幸せな子供時代を送ったそうです。
幼少期から父の職場のテレビ局に出入りしていたため、
芸能界に憧れていたといいます。
中学時代にベル麻痺を患う
中学時代にストレスによりベル麻痺が発症。
顔面の神経が麻痺する病気です。
写真はジョージ自らベル麻痺について
語った時に見せたもの。
顔の半分が麻痺していることがわかりますね。
病気が治るまでの約9ヶ月の間、
周囲から残酷なことを言われ、
人生最悪の時だったと後に語っていました。
この時の辛い経験は、
後に自分を強くしたとも語っていました。
野球選手志望から俳優の道へ
野球やバスケに打ち込んでいた学生時代。
高校時代は野球選手になることが夢だったといいます。
1977年16歳に時に、
シンシナティ・レッズの入団テストを受けますが、
1次選考を通過できずに、
プロへの道を断念したそうです。
その後ケンタッキー大学でジャーナリズムを専攻しますが、
ニュースキャスターの父と比べられることにうんざりし、
あっさり退学したそうです。
その後エキストラで映画に出演したことがきっかけで、
俳優に興味を持つようになり、
1982年21歳の時に、
俳優を目指してロサンゼルスへ移ります。
辛い下積み時代
俳優を目指してロサンゼルスでの生活を始めたジョージ。
有名になるまでには、
辛い下積み時代があったそうです。
オーディションを受けながら、
- 紳士服のセールス
- 保険販売員
などの仕事をして生計を立てていたそうです。
さらに節約のために、
移動は自転車を使い、
友達の家のクローゼットに
居候していたこともあったそうです。
ニュースキャスターの父を持ち、
子供の頃からテレビ局に出入りしていたジョージ。
親のコネを使ったわけではなく、
自分の力で俳優を目指そうとしていたようですね。
「ER緊急救命室」で大ブレイク
1984年頃、23歳の頃からからテレビドラマなどに出演しますが、
すぐに番組が終わってしまったり、
ゲスト出演などが多く、
なかなか当たり役にめぐまれずにいました。
10年も下積み時代が続いた1994年33歳の時に
ついに転機が訪れます。
大ヒット医療ドラマ「ER緊急救命室」の
ダグラス・ロス医師役に大抜擢。
才能ある医師でありながら、
問題ばかり起こしてしまう
複雑で魅力的なキャラクターを
見事に演じ切ったジョージ。
ドラマとしてのクオリティの高さも手伝い、
ジョージの演技は高く評価されます。
エミー賞ドラマシリーズ主演男優賞に2回ノミネート
ゴールデングローブ賞テレビシリーズ主演男優賞に3年連続でノミネート
このような評価を受け、
ついに一流俳優の仲間入りをすることになります。
テレビから映画の世界へ
「ER緊急救命室」で人気者となったジョージ。
彼の人柄の良さは共演者たちからも
絶賛されていたそうです。
しかしシーズン5で降板を決意。
その理由は本格的に映画界に進出するためでした。
「フロム・ダスク・ティル・ドーン」(1996年)
「バットマン & ロビン Mr.フリーズの逆襲」(1997年)
「ピースメーカー」(1998年)
「アウト・オブ・サイト」(1998年)
「パーフェクト ストーム」(2000年)
「オー・ブラザー!」(2001年)
このような大作に出演。
1996年~2001年の間に13作品もの作品に出演。
しかもほとんどが主役という活躍ぶりです。
アクション、人間ドラマ、コメディなど
様々なジャンルの役をこなし、
実力派俳優として認められます。
遅咲きと言えるジョージ。
ブレイクした時にはすでに30代後半だったため、
円熟した大人の役が多かったことも、
成功の一因だったのかもしれませんね。
バットマンは不評だった?
「ER緊急救命室」の人気を受けて大抜擢された
「バットマン & ロビン Mr.フリーズの逆襲」のバットマン役。
アーノルド・シュワルツェネッガーやクリス・オドネルなど
大スターが集結して話題になりました。
ところが公開されると一変。
- アクションシーンがチープ
- 登場人物が多すぎるため深掘りされていない
- 悪役が魅力的に描かれていない
- コメディセンスがない
このような理由から批判を受けまくり、
ゴールデンラズベリー賞(最低の映画に贈られる賞)
では9部門受賞。
興行的にも散々な結果となりました。
ジョージ自身この失敗は痛感しており、
度々ジョークを交えて話しています。
「オーシャンズ11」
ジョージ・クルーニーの人気を不動のものとしたのが、
2011年公開の「オーシャンズ11」です。
- ブラッド・ピット
- マット・デイモン
- アンディ・ガルシア
このようなスター揃いの中で、
主役を演じたジョージ。
人気俳優が多く出演する中でも、
華やかな存在感と安定感がありました。
作品は空前の大ヒットとなり、
2004年に「オーシャンズ12」
2007年に「オーシャンズ13」
が公開されています。
アカデミー賞常連に
俳優としてだけでなく、
監督・脚本としても活躍するようになったジョージ。
そして、
俳優、監督・脚本として高い評価を受けます。
「シリアナ」(2005年)助演男優賞受賞
「グッドナイト&グッドラック」(2005年)監督賞・脚本賞ノミネート
「フィクサー」(2007年)主演男優賞ノミネート
「マイレージ、マイライフ」(2009年)主演男優賞ノミネート
「ファミリー・ツリー」(2007年)主演男優賞ノミネート
「シリアナ」(2011年)助演男優賞受賞
「スーパー・チューズデー 〜正義を売った日〜」(2011年)脚本賞ノミネート
「アルゴ」(2012年)作品賞受賞
このように輝かしいキャリアを重ねるジョージ。
主演・助演男優賞、監督・脚本と
幅広い賞でノミネートされているのがすごいですね。
ジョージ・クルーニーの現在は?
妻はアマル・アラムディン
氏名:アマル・クルーニー(旧姓 アラムディン)
生年月日:1978年2月3日
年齢:年齢 45歳(2023年9月現在)
出生地:レバノン・ベイルート
国籍:イギリス レバノン
永遠の独身貴族と言われていたジョージ・クルーニーですが、
2013年秋についに結婚。
妻はレバノン生まれ、国際的な人権派弁護士である
アマル・アラムディン。
2014年9月27日に結婚し、
イタリア・ベネチアで挙式が行われました。
ジョージ52歳、アマル35歳の時でした。
初めて会った時に特別な感情を持った二人は、
数ヶ月後から交際を始め、
約1年で結婚したそうです。
今でもハリウッドきっての
仲の良い夫婦として知られています。
過去の恋愛遍歴がすごい
52歳にして結婚を決めたジョージ・クルーニーですが、
これまで華やかなロマンスを楽しんできたようです。
ケリー・プレストン(女優):1987年~1989年
タリア・バルサム(女優):1989年に結婚、1993年に離婚
セリーヌ・バリトラン(フランスのテレビパーソナリティ):1996年~1999
リサ・スノードン(モデル):2000年~2005年 ※交際、破局を繰り返す
レネー・ゼルウィガー(女優):2001年
クリスタ・アレン(女優):2002年~2004年
サラ・ラーソン(ウェイトレス):2007年~2008年
エリザベッタ・カナリス(イタリア人タレント):2009年~2011年
ステイシー・キーブラー(元プロレスラー、モデル、女優):2011年~2013年
さすがハリウッドを代表する色男として知られるジョージ。
お相手の方々も錚々たる顔ぶれですね。
53歳で二人のパパに
ジョージとアマル・アラムディンとの間には
子供がいます。
アマルは2017年6月に1男1女の双子の赤ちゃんを出産。
ジョージは53歳にしてパパになったのです。
現在(2023年)二人の子供は、6歳になっていますが、
ジョージによると
母親(アマル)に似て賢いそうです。
また、子供たちのプライバシーを守っている夫妻。
そのためSNSでは、
「imaginary twins(想像上の双子)」
などと言われることもあるようです。
同性愛者と思われている?
これまで様々な女性とのロマンスが報じられてきたジョージ。
現在は妻子と幸せな生活を送っています。
それにもかかわらず、
ジョージ・クルーニーは同性愛者だ
という疑惑がたびたび報じられてきました。
この理由についてはジョージ自身の発言にあるようです。
同性愛者疑惑について、
これまで否定せずに曖昧な答え方をしてきたジョージ。
そのため同性愛者であると解釈されてきたようです。
ジョージは同性愛者疑惑を否定しなかった理由について、
僕が大騒ぎして否定したら
ゲイの友人たちに申し訳ない。
ゲイであることが悪いという態度は絶対取らない
このように説明。
ゲイの方々への配慮により、
このような疑惑が絶えなかったのですね。
ジョージ・クルーニーの
温かさがわかるエピソードですね。
まとめ
今回はジョージ・クルーニーの生い立ち経歴について
調べてきました。
苦労した下積み時代を経て大スターとなったこと、
華やかな女性遍歴など興味深い経歴であることがわかりました。
これからも様々な活躍を期待したいですね。